江東区神隠し事件、スピード結審。

悲しい事があっても、そこに囚われちゃ、イカン訳ですよ、全く。
理不尽な事が継続して勃発しても、だ。

江東区神隠し事件の裁判、陪審員制度導入に則してのモデル・ケースに選ばれた、とかで、画像やら状況説明やら、が、『サルでも判る』?かのように、準備された裁判だったようです。
しかも、結審までのスピードの早さったら聞いてて「やれば出来たのかよ!!#」とツッコミを入れたくなるほどである。

1ヶ月以内ってアンタ……;


そりゃ一般人の拘束を長期に渡っては無理でしょうけど、そもそも陪審員制度という、如何にもアメリカ直輸入の制度からして、日本人のメンタリティと合わないよ、絶対。


最近の『受けたい授業(?)』、とかナントカ言う番組の中でありました。
欧米は本の帯広告や書店からの書評がない、基本的に自分の買う本について他人の意見はいらない、というスタンスで、日本のやり方は親切だ、というものでしたが、ウン、あるいは大きなお世話ですし、それが日本文化というか、慣習、温度、マイルドに物事への距離感調整されている、っていうか、隣の人がどうするか、確認してから、っていうか…


なので、独自の判断なんて、あんまり無いのが“日本人”だと思っていい。
独自の判断を発揮したり出来るのは、よほど命懸けか、よほど変人ね(笑)

大体皆と一緒、それが日本なる文化圏で上手くやっていくコツでもある。私相当無視して生きてきているけど;(その証拠にトモダチが居ません!・爆)


おっかしーなー;一足飛びに、トモダチでなく、“家族”が多いってコレ、おかしくねーか。

しかも金掛かるし(笑・そこかよ!世知辛ぁ!)ののしってください( ̄^ ̄)←態度ちがくね?


で、自分のことはともかくも、遺体も無い、死に顔も見れてない、というこの憤懣遣る方無い事件をどうお思いか!#


件の犯人は、実に被害者の女性の遺体を解体している間、マンションの出入り時に被害者の父親と会話している。

犯人のトラウマ云々は置いといて、もう何でもね、なんでも『罪』は“償わないとならない”のです。

この辺りを、「やっぱり人が人を裁くのは勇気がいる」とか「死刑はいけない」とかで、お茶を濁さずに!!!濁さずに、『やったことに対して』“責任を取らせる”事が大事です。

弊社の600万円分在庫じゃない、人のいのちですよ、アンタ#


犯人の幼少時の火傷トラウマは、事件とはマッタク!別件、です。
でしょ?

コップを倒して水を零したら?拭くでしょ?

プリンターインクの出が悪かったら?ヘッドクリーニングするでしょ?


『人を1人殺めたら』“殺人者の1人のいのちをもって償わなければならない”のですよ。


動物に関しての規定だって、聖書にはちゃーんとアリマスヨ。あんたらバカにしてるけどさ(あれ、今日は正直だな私)←ぇ;







背後関係があるにせよ、被害者家族が癒されますように、加害者も加害者家族も、根本的な愛が与えられますように。


愛の無い家庭って、破壊的だよなぁ。